安達泰盛
安達泰盛 Adachi Yasumori
- 生年:1231年
- 没年:1285年
- 父:安達義景
- 母:小笠原時長女
鎌倉時代の武士。
安達義景の三男で城九郎と称した。
将軍藤原頼嗣?の近習を経て父の死後に家督を継承、北条時頼の時代には秋田城介及び引付衆、評定衆を歴任して幕府内に置ける地位を確立、時頼の死後は縁戚関係にあった時頼の子時宗を補佐し、元寇の後には御恩奉行を務めて恩賞の沙汰にあたった。
時宗の死後は若年で執権となった北条貞時を補佐する形で幕政の主導権を握り、弘安徳政と呼ばれる政治改革を行ったが、平頼綱を中心とする御内人と対立、頼綱の讒言により幕府軍の追討を受けて一族と共に自害した(霜月騒動?)。
弓馬を始め歌道や蹴鞠にも通ずる等、文武両道の人物であった。
安達泰盛と鎌倉幕府―霜月騒動とその周辺 (有隣新書)(福島 金治)
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References:[平頼綱] [北条貞時] [引付衆] [北条重時] [評定衆] [北条時宗] [人物リスト(日本中世史)] [安達義景]