- 生年:1488年
- 没年:1565年
- 父:伊達尚宗
- 母:上杉房実女
南奥州の戦国大名。
伊達尚宗?の子で、1514年に父の死により家督を継承し、1517年にこれまでの高宗から将軍足利義稙の一字を貰って稙宗と名乗った。
1522年には前例のない陸奥国守護に任じられ、対外的には周辺の大名と縁戚関係を結んで奥州に置ける伊達氏の勢力を広げ、内部では『塵介集』などを制定して伊達氏の戦国大名化に成功したが、後年は三男の実元を越後守護である上杉定実?の養子にしようとした事を契機に長男の晴宗と対立、数年に渡って争いを続け(天文の乱)、最後は晴宗に敗北した形で伊具郡丸森城に隠居し、同地で没した。
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