戦国時代の武将。
陸奥国信夫郡にある西光寺の住職の子とされ、伊達氏の重臣中野宗時に見出されて宗時に仕えた。
後に宗時が伊達輝宗に背いて失脚した際、輝宗に謀反を密告した功で千五百石の禄を得て宿老となり、外交面等、輝宗の側近として活躍したが、輝宗の死によって自らも殉死した。
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References:[伊達氏] [伊達二十四将] [遠藤宗信]