第4回十字軍
第4回十字軍 Fourth Crusade
1202年から1204年にかけて行われた十字軍。
教皇インノケンティウス3世?の呼びかけを契機にシャンパーニュ伯ティボー3世が主催した馬上槍試合にてティボー3世やブロワ伯ルイらのフランス諸侯が参加を表明、当初の総司令官に定められたティボー3世の病死後はモンフェラート侯ボニファッチョが新たに総司令官に定められた。
しかし、ベネチアに集結した十字軍は人数不足から聖地への船代を払うことが出来ず、ベネチア統領エンリコ・ダンドロの代案でハンガリーに占拠されていたザラを攻略し、目的に反した事により一時教皇の怒りを買った。
その後、叔父のビザンツ皇帝アレクシオス3世に父のイサキオス2世とともに逐われたアレクシオス(アレクシオス4世)と接触し、その復権の支援を条件に船代を支払う約束をし、コンスタンティノープルを攻略した。
そしてアレクシオス3世を逐い、イサキオス2世とアレクシオス4世を復権させたが、約束の支払いは行われず、混乱の中で二人がムルツプロス(アレクシオス5世)に殺害されたことにより、再びコンスタンティノープルを攻略して一時ビザンツ帝国を滅亡させ、十字軍に参加していたフランドル伯ボードゥアン9世がラテン皇帝ボードゥアン1世として即位し、ラテン帝国を成立させた。
聖地に達した部隊も一部存在したが、本来の目的とは大きくかけ離れたものであった為に「脱線十字軍」と呼ばれる事もある。
経過
1198年
- 8月
- 教皇インノケンティウス3世、第4回十字軍を宣布する。
1199年
- 11月28日
- エクリにおける馬上槍試合にてシャンパーニュ伯ティボー3世とブロワ伯ルイが十字軍参加を表明。
1200年
- 2月23日
- フランドル伯ボードゥアン9世、十字軍参加を表明。
1201年
- 3月末〜4月
- ベネチアと艦隊貸与契約。
- 5月25日
- シャンパーニュ伯ティボー3世死去。
- 8月末
- モンフェラート侯ボニファッチョ十字軍の軍団長に就任。
1202年
- 夏
- 十字軍がベネチアに集結するが、資金不足に陥る。
- 10月初旬
- ベネチア出航。
- 11月24日
- ザラ攻略。
1203年
- 4月20日
- 十字軍ザラ出航。
- 6月23日
- 聖ステファノスに到着。
- 7月5日
- ガラタ城塞上陸。
- 7月11日〜16日
- ブラケルナイ宮攻囲。
- 7月17日〜18日
- ビザンツ皇帝アレクシオス3世逃亡。
- 8月1日
- 皇子アレクシオス、ビザンツ皇帝アレクシオス4世として即位。
- 11月11日
- アレクシオス4世、十字軍との支払いの約束を反故にして宣戦布告。
- 12月27日
- 十字軍艦隊に焼き討ち。
1204年
- 1月1日
- 再度十字軍艦隊に焼き討ち。
- 1月27日
- アレクシオス4世、ムルツプロスに投獄される。
- 1月28日
- ムルツプロス、ビザンツ皇帝アレクシオス5世として即位。
- 2月7日
- アレクシオス5世、アレクシオス4世を殺害。
- 4月9日
- 十字軍、コンスタンティノープル攻撃に失敗。
- 4月12日
- 十字軍、コンスタンティノープル攻略に成功。アレクシオス5世は逃亡し、コンスタンティノープルは炎上。
- 4月13日〜15日
- コンスタンティノープルにおいて十字軍による略奪が行われる。
- 5月9日
- フランドル伯ボードゥアン9世、ラテン帝国皇帝に選出される。
- 5月16日
- フランドル伯ボードゥアン9世、ラテン帝国皇帝ボードゥアン1世として即位。
第四の十字軍―コンスタンティノポリス略奪の真実 (INSIDE HISTORIES)(ジョナサン フィリップス)
コンスタンチノープル征服記―第四回十字軍 (講談社学術文庫)(ジョフロワ・ド ヴィルアルドゥワン)
コンスタンチノープル遠征記―第四回十字軍(ロベール・ド クラリ)
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