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小辞典

小辞典(Glossary)とは

〜について、用語と説明を簡単にまとめた小辞典を作成してみましょう。用語の分量が増えてきたら分離します。また説明の分量が増えてきたら、別ページを制作してリンクするようにします。

用語

用語
解説

英数

あ行

アッカド王朝時代 アッカドおうちょうじだい
 シュメール・アッカド時代を構成する時代区分の1つ。B.C.2350年頃〜B.C.2100年頃とされる(ただし、B.C.2230年頃から王朝の勢力が衰え「混乱期」に入る)。
ウバイド期 ウバイドき
 メソポタミア地域の平野部に、ウバイド遺跡を標識遺跡とした文化が広まり、定着していった時期。B.C.6000年頃〜B.C.3000年頃。
 灌漑農耕を基盤とした生活形態が特徴。それ以前の、天水に頼った農作を基盤にした時期は、地域の生産活動は、肥沃な三日月地帯?の方が活発だった。ウバイド文化の広がりによって、集住地域が、山地、及び山裾から平野部へと逆転していったのである。
 ウバイド文化は、B.C.6000年頃〜B.C.5500年頃のウバイド0期の間は、南部メソポタミア(後のシュメール・アッカド地方)の一部に見られた局地文化だった。
 B.C.5500年頃〜B.C.5000年頃のウバイドI期、II期に、南部メソポタミアに広がり定着。B.C.5000年頃〜B.C.4000年頃のウバイトIII期、IV期には、同タイプの文化が、南北の平地メソポタミア全域に広まり定着した。
ウルク
 シュメール・アッカド文明?の古代都市。B.C.5千年紀後半(ウバイドIV期)には、ヒトの集住が見られる。都市化は、B.C.4千年紀のウルク期?から見られる。
 ウルク市は、シュメール系の古代都市で、当初は、エアンナの神殿聖域を中心にしたウルクの居住区と、クッラブの居住区が隣接していた。この2つの居住区が統一されて成立したのが、古代都市ウルクだった。
 遺跡は、イラク共和国領の都市ナシリーヤの西北西およそ65kmで、ユーフラテス川の東岸に位置。
 『ギルガメシュ叙事詩』の主人公、ギルガメシュは、ウルクの王だった、と伝えられている。

か行

グティ時代
 シュメール・アッカド時代を構成する時代区分の1つ。B.C.22??年〜B.C.2112(?)年とされる。(開幕時期については、現状、とりあえず「紀元前23世紀末」としか言いようがない)
 シュメール・アッカド地方に東方から侵入してきた異民族グティ人が、支配的になっていた、とされた時代。しかし、グティの支配がどのようなものだったかは、定かではない。少なくとも、古代の歴史伝承が伝えるように、独自の王朝を建て、諸都市を支配した、といったことはなかったようだ。
伍長閣下 ごちょうかっか
 ヒトラーは第1次大戦で伍長補どまりだったためについたあだ名。イギリスの首相チャーチルは「ヒトラー伍長」と呼び、ワイマール共和国(ドイツ)の大統領ヒンデンブルグは「ボヘミアの伍長」と呼んでいたらしい。

さ行

シュメール王朝表 シュメールおうちょうひょう
シュメール王名表
シュメール王名表 シュメールおうめいひょう
 シュメール・アッカド時代の王朝ごとの王統記録が編纂された文書複数を、現代の研究者が相互参照し、校訂したものを意味することが多い。カテゴリ名は、現代の研究者による命名。
 ただ、王朝編年が記された粘土板テキストを指して、「◎◎出土の王名表では」と言った用い方がされることはある。
正史
生存説

た行

大河ドラマ

な行

ニップル
 シュメール・アッカド文明の古代都市。周辺でのヒトの集住は、紀元前6千年紀の末頃から確認されている。
 紀元前2千年紀の第3四半期頃から、300年程放棄された後に再興。再興された都市は、A.D.800年頃まで続いた。

は行

編年体

ま行

や行

やる夫歴史系スレッド

ら行

歴史人口学

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