Create  ソース  歴史Wiki  Index  Search  Changes  RSS  Login

郭図

郭図 Guo Tu

  • 生年:?
  • 没年:205年
  • 父:
  • 母:

後漢末の武将・政治家。字は公則。

豫州潁川郡の出身で、潁川郡で計吏を務めた後は袁紹に仕えて191年には冀州牧韓馥を説得して冀州を袁紹に譲らせた。

曹操軍との戦いでは田豊沮授の唱えた持久戦略に対して積極策を唱えて袁紹に支持され、都督として官渡の戦い?に参陣したが、自身が献策した曹操軍本陣への攻撃は失敗に終わった。

袁紹の死後は長男の袁譚を後継者と支持して袁尚を支持する審配逢紀らと対立して袁家の分裂を招き、袁譚派が劣勢になった際は曹操に降る意見を出して実現したが、程なくして曹操軍と対立して袁譚と共に滅ぼされた。

メモ

経歴

人間関係

袁紹
主君。
袁譚
袁紹の死後に後継者として支持した。
辛評
郭図と同じく袁譚を支持した。
逢紀審配
袁紹の後継者を巡って三男の袁尚を支持した為に対立した。
張コウ
烏巣が陥落した際にその責任を張コウに押し付けようとした為、張コウが曹操側に寝返る一因になったとされる。

名台詞

セリフ
説明

関連用語

関連する商品

話題まとめ

チャットログ

blog記事

資料リンク

リンク

Last modified:2013/10/20 20:25:05
Keyword(s):
References:[袁紹] [審配] [辛評] [袁譚] [逢紀] [韓馥]