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ハンムラビ

ハンムラビ Hammurabi

西セム系アムル人(もしくはアモル人)国家の一つバビロン第一王朝の六番目の王。43年間にわたり王位についた。

古代メソポタミア?地方に統一国家を建設した初代バビロニア王。

メモ

  • HA-AM-MU-RA-BIの五つの楔形文字?で表記される。
  • 昔はハムラビ?と表記しました。これはmmを同表記するかの問題。同時代でHA-MU-RA-BIとの表記例もあるらしい。
  • ハンムラピ?とpi表記もあるが、これは楔形文字のBIがbiともpiとも読めるため。RA-BIをrabi(〜は偉大である)と読むか、rapi(〜は治癒者である)と読むかの違いである。
    • ウガリト文書?でウガリト文字?表記でrapiで表記されたハンムラピなる人物が居るため、一時期rapi説が優位だったことがある。
    • アララク文書?でHA-AM-MU-GALと書かれた例が紹介され、GALはrabiの表意文字であることから、現在はbi説が有力らしい。「おじさんと呼ばれる神は偉大である」といった意味と解される。
  • 「目には目を」で有名なハンムラビ法典を碑文に残した。
    • のち1200年後にも写本されたほど著名。
    • 実際には立法を行なう法典ではなく判例集であると考えられている。
  • 王としても例外的なほどに積極的に裁判に関与したらしく、王の裁判記録がいろいろと残っている。
  • 碑文から、「バビロンの王」「マルトゥ(シュメール語で西方の意、転じてアムル人を指す)すべての王」「シュメールとアッカドの王」「四方世界の王」等の称号を用いた事がわかっている。

経歴

  • 即位後17年間は、バビロンはシャムシ・アダド一世の影響下にあった。B.C.1808-B.C.1776。
  • 12年かけて神殿を修復し潅漑施設を整備した。その間、ラルサ、エシュヌンナ、マリとの友好関係を維持。
  • 29年ごろから外征。ラルサを征服。
  • 二度の戦いでマリとエシュヌンナを滅ぼす。37年頃にはメソポタミア全域を統一。碑文を作る。
  • 統一後、バビロンの都市神であるマルドゥクを他の諸都市の神々の上に置き、「神々の王」とする事でバビロニア全域のパンテオンをも統一した。
    • ハンムラビ法典の序文で、マルドゥク神が天空神アヌと風の神エンリル(ともにシュメールのパンテオンにおける重要な神)から、神々の主としての王権を授けられた事が記されている。

人間関係

シャムシ・アダド?
アッシリアや北シリアを支配したアムル人の王で、ハンムラビとは先祖を同じくするらしい。
サムス・イルナ?
後継者。治世は。B.C.1749-B.C.1712。バビロン周辺のみに衰退。

名台詞

セリフ
説明

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Last modified:2009/09/12 06:30:36
Keyword(s):
References:[時代区分] [イシン・ラルサ時代]