支倉常長
支倉常長 Hasekura Tunenaga
- 生年:1571年
- 没年:1622年
- 父:山口常成
- 母:
江戸時代初期の武士。
伊達家臣山口常成?の子で、伯父の支倉時正?の養子となり支倉姓を称し、六百石を拝領した。
慶長十八年(1613年)に伊達政宗の命で宣教師ルイス・ソテロ?とともにサン・ファン・パウディスタ号で月ノ浦を出航しヨーロッパへ向けて渡航、メキシコを経て元和元年(1615年)一月にマドリードでスペイン国王フェリペ3世?と謁見し、同年九月にローマ教皇パウロ五世?に謁見した(慶長遣欧使節?)。
しかし、使節団の目的であった奥州司教区の創設や通商条約の締結は果たせず、元和六年(1620年)に帰国、その二年後に失意のまま没した。
常長の死後、子である常頼と常道がキリスト教信仰の罪で寛永十七年に処刑されて一時家名は断絶したが、常頼の子常信の代に復帰した。
支倉常長―武士、ローマを行進す (ミネルヴァ日本評伝選)(田中 英道)
支倉常長―慶長遣欧使節の悲劇 (中公新書)(大泉 光一)
支倉常長 慶長遣欧使節の真相―肖像画に秘められた実像(大泉 光一)
捏造された慶長遣欧使節記―間違いだらけの「支倉常長」論考(大泉 光一)
支倉常長 (人物叢書)(五野井 隆史)
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References:[人物リスト(日本中世史)] [伊達氏]