北条時章
北条時章 Hojo Tokiaki
- 生年:1215年
- 没年:1272年
- 在位:
- 官職:
- 父:北条朝時
- 母:大友能直女
鎌倉時代の武士。名越時章?(なごえ・ときあきら/ときあき)。
名越流北条氏である北条朝時の二男で、越後次郎と名乗った。
父朝時の死後、大隅国守護を継承し、大隅・筑後・肥後の三ヶ国の守護となった一方で他の名越一族同様に将軍藤原頼経?に仕え、第五代執権北条時頼の時に兄の北条光時らとともに得宗家を謀ったが、形勢が不利になったのに伴い時章は弟の時長、時兼とともに時頼に恭順した。
光時の失脚後は名越流北条氏の中心として評定衆、引付頭人を歴任したが、文永六年(1272年)に第八代執権北条時宗の兄である北条時輔の反乱に加担したと疑われて弟の教時とともに誅殺された。
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