堀江景忠
堀江景忠 Horie Kagetada
- 生年:?
- 没年:1576年
- 父:堀江景用
- 母:
戦国時代の武将。
弘治元年に朝倉宗滴率いる朝倉勢が加賀一向一揆?と争った際に景忠ら一族も一千余騎を率いて戦功を挙げたが、朝倉家の中では有力な外様衆であった事から主君の義景からは疑念を持たれており、永禄十年に加賀一向一揆と結んで義景に背くとの噂が家中に流れた事によって義景の命によって堀江氏討伐の軍が編成されて本拠である越前国本荘館を攻撃された。
その後は縁戚である本流院真孝の仲介で義景は攻撃を中止し、景忠は能登国に逃れて隠居したが、朝倉氏滅亡後に勃発した越前一向一揆にて一揆勢に加わって越前の旧領を回復し、次いで織田氏に転じて一揆勢の鎮圧に貢献した。
しかし、恩賞に不満を持った事で信長の命で殺害された。
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References:[朝倉氏] [溝江長逸]