鎌倉時代初期の武士。
伊賀朝光の長男で、所太郎、伊賀太郎と称した。
妹の伊賀の方?が執権北条義時の後室となった関係で、北条氏の外戚として重用され、1219年には上洛して京都守護となった。
承久の乱の際に後鳥羽上皇から招かれたが、応じなかった為に上皇側の軍によって宿所を襲撃され、子の光綱とともに自害した。
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References:[伊賀光宗] [伊賀光重] [伊賀朝光]