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最暗黒の東京

最暗黒の東京

作家にして新聞記者たる著者が明治の東京の貧民街(スラム)に潜伏。残飯屋などの貧民生活を実地にして生活をして得た情報をまとめたノンフィクション。

明治27年?(1893年?)に刊行された『最暗黒之東京』を現代仮名遣いとしたものが、岩波文庫より刊行されている。

松原岩五郎?

用語や登場人物

用語や人名
解説

メモ

  • 計算が間違っていなければ、26歳くらいかな。写真を見ると童顔。絵は18歳くらいのひとか。
    • 13歳で家出して(道中に遭遇した山賊に同情されて飯をもらったりしたとか)大阪から東京に出てきて、力役や行商で食って自活したくらいな人ではあるが、それでも生活の苦しさや不潔さなどは酷く感じたようだ。
  • 「In Darkest Tokyo-Sketches of Humble Life in the Capital of Japan.」のタイトルで当時英訳されたそうだ。
  • ページ数は少なめですが、ぎっしりも字が詰まっていて漢語も多用されてるので、現代の書籍なら少なくとも倍以上のページに相当するボリューム感があります。
  • 一人一畳、虫もいれば寝具も汚れた木賃宿で、一泊三銭。丸太の枕かー。
  • 商売は日雇いや土方、くず拾いや繕い物、辻講釈や看板書き、ちょっとした八百屋や薪屋といった小店、などなど色々だけど。収入は、多くて20〜30銭、日によっては五・六銭の手間賃。
  • 残飯があんがい高くて(一家五人で二貫目の飯と残菜と漬物で15銭)、まともに買う場合(30銭)の半額程度なんだな。軍隊なんかの残飯を買ってきて小売りするわけですが。残飯がろくにでないと「飢饉」と呼んだりして、饐えた飯などの豚の飯・畑の飯でなんとかしたとかいう話もある(一椀五厘)。
  • 日銭で払う家賃や食費は、トータルでみると高くつくので、貧民はよけいに貧乏になると言う構図を、しっかり指摘
  • 当時は現代と違って、わりと「屋根のある寝床」は確保しやすかったのだなという気もした。
  • スラムってのは、残飯が大量にでる施設のそばに出来るので、当時だと軍隊のそばにできるものだったようです
  • 数人の「組合」で仕事を請け負う「受取仕事」というシステムは興味深い。今もあるのかな。
  • 意外に老病の多い車夫。
  • 憲法発布やグラント将軍の来日や岩崎弥太郎の葬式など、労務者そうざらえで雇われてまとまった金が入ったので、後々までも語り継がれて待たないかなと期待されていたらしい。
  • 基本的に雨になると仕事が出来ずに金が得られず、続くと食うに窮する。
    • しかし、人力車などは、雨だと高額の料金を取るので、儲け時であったみたい。
  • 解説によると当時の若手記者は月収10円と、正直なところ車夫と大差なかったそうだ。

話題まとめ

チャットログ

http://www.cre.jp/writing/IRC/write/2009/01/20090113.html#030000
雨が降ると人力車のころは高額料金でしたが、今のタクシーは雨天料金など取らないなあ 。明治20年代のスラムに潜伏調査した記者による、当時の最貧地帯の生活ぶりの記録。

書評

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Last modified:2014/03/20 21:31:32
Keyword(s):
References:[明治時代] [岩波文庫]