木曾義仲
木曾義仲 Kiso Yoshinaka
- 生年:1145年
- 没年:1186年
- 在位:
- 官職:
- 父:源義賢
- 母:小枝御前
平安時代末期の武士。
清和源氏源義賢の二男で、木曾次郎、木曾冠者と称した。源義仲とも。
父の義賢が義賢の兄である源義朝の長子で甥に当たる源義平に討たれた後、
信濃木曾谷の中原兼遠に匿われ、木曾次郎を名乗った。
以仁王の挙兵後は北陸の平家軍を撃破して急速に勢力を拡大、倶利伽羅峠の戦いで平維盛率いる平家軍を大敗させて頼朝側に先んじて京都に入り、平家を都落ちさせる。
しかし、飢饉による食糧事情の悪化等による義仲軍による略奪行為等や皇室継承問題で朝廷と対立し、後白河法王?を幽閉する事件にて完全に決裂、最終的には朝廷の信を受け対立していた頼朝側の軍勢に宇治川の戦い?で敗れ、近江で戦死した。
家臣でも乳兄弟でもある今井兼平との最期を迎える際の話は、
平家物語に「木曾の最期」の題名で載っており、乳兄弟の絆の強さを描いた話として有名。
木曾義仲のすべて
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