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高坂昌信

高坂昌信 Kosaka Masanobu

  • 生年:1527年
  • 没年:1578年
  • 在位:
  • 官職:
  • 父:
  • 母:

戦国時代の武将。春日虎綱ともいう。

甲斐八代郡石和の豪農であった春日大隅の子で、父の死後に武田信玄の近習となる。

海津城代を務め、第4次川中島の戦いに於いて戦功を挙げた事により高坂氏の名跡を継ぎ、信玄死後も海津城代を務めて上杉氏に対し、長篠の戦いでは不参加であった為、武田四天王の中で唯一生き残ったが、1578年に病死した。

慎重かつ冷静な名将であり、退却戦に優れる故に「逃げ弾正」の異名を持ち、「甲陽軍鑑」の著者としても知られる(もっとも後世に成立したので体裁的な形であるが)。

メモ

  • 美男子であったとされ、故に信玄の衆道の相手を務めていたとされる。
    • 信玄が昌信に送った浮気弁明書が残っている。
  • NHK大河ドラマ「風林火山」においては第4次川中島の戦いまで独り身という設定であるが、子の昌澄の生年からあくまでも「風林火山」の創作である。

経歴

人間関係

武田信玄
主君。
高坂昌澄?
長男。
高坂昌元?
二男。
高坂昌定?
三男。

名台詞

セリフ
説明

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Last modified:2009/09/12 16:22:01
Keyword(s):
References:[使番十二人衆] [小幡光盛] [保科正俊] [三弾正] [向坂甚内] [武田氏] [武田二十四将] [春日信達] [武田四天王] [小幡虎盛]