クチュルク
クチュルク Kutchluk
- 生年:?
- 没年:1218年
- 父:
- 母:
第六代西遼皇帝。漢字では屈出律。
ナイマン部族長タヤン・ハーンの子で、タヤン・ハーンがモンゴルのチンギス・ハーンとの戦いで敗死した際に西遼に亡命した。
西遼においては西遼皇帝耶律直魯古の女婿となったが、1211年にホラズムと組み、耶律直魯古を捕らえて西遼の帝位簒奪に成功し、アルマリク・カシュガル・ホータン等に勢力を拡大したが、1218年にモンゴル帝国の将軍ジェベの攻撃を受けて勢力は壊滅、逃走の途中にバタフシャーンで殺害された。
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References:[タヤン・ハーン] [人物リスト(ユーラシア中世史)] [ブイルク・ハーン]