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クチュルク

クチュルク Kutchluk

  • 生年:?
  • 没年:1218年
  • 父:
  • 母:

第六代西遼皇帝。漢字では屈出律。

ナイマン部族長タヤン・ハーンの子で、タヤン・ハーンがモンゴルのチンギス・ハーンとの戦いで敗死した際に西遼に亡命した。

西遼においては西遼皇帝耶律直魯古の女婿となったが、1211年にホラズムと組み、耶律直魯古を捕らえて西遼の帝位簒奪に成功し、アルマリク・カシュガル・ホータン等に勢力を拡大したが、1218年にモンゴル帝国の将軍ジェベの攻撃を受けて勢力は壊滅、逃走の途中にバタフシャーンで殺害された。

メモ

経歴

人間関係

タヤン・ハーン
父。
耶律直魯古?
舅。

名台詞

セリフ
説明

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Last modified:2010/04/08 11:29:46
Keyword(s):
References:[タヤン・ハーン] [人物リスト(ユーラシア中世史)] [ブイルク・ハーン]