後漢末に孫権に仕えた武将。字は公績。
揚州呉郡余杭県の出身で、孫権の配下であった父の凌操?が戦死した後に跡を継ぎ、山越攻略や夏口攻略に従軍して活躍し、208年には承烈校尉に任じられて曹操軍の侵攻に抵抗した。
215年の合肥の戦いでは張遼の急襲で孫権が窮地に陥った際に奮戦して危機を救い、後に山越討伐にて多くの山越民を下して兵を得たが帰還の途中で病死した。
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References:[駱統] [孫権] [人物リスト(中国古代史)] [甘寧] [呂蒙] [留賛]