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劉巴

劉巴 Liu Ba

  • 生年:?
  • 没年:222年
  • 父:劉祥
  • 母:

三国時代の政治家。字は子初。

零陵郡蒸陽県の出身で、若い頃から名声を博して荊州牧劉表からの仕官の誘いがあったが、出仕しなかった。

その後、荊州に進出した曹操に属して桓階の推挙で長沙・零陵・桂陽三郡に帰順を呼びかけたが、曹操軍が赤壁で敗れた事により交州に逃れ、次いで益州の劉璋を頼った。

劉備の益州制圧後は劉備に仕え、尚書令等を歴任し、蜀の法律である「蜀科」の制定にも携わった。

メモ

経歴

人間関係

劉表
何度か劉巴を招聘したが、劉巴自身は応ずる事が無かった。
劉先
甥である周不疑を劉巴に師事させようとしたが、丁重に断った。
劉焉?
面識があった。
劉璋
劉巴が父である劉焉と面識があった関係で劉巴を歓待して迎え入れた。
劉備
当初は仕官の誘いを受けても応ずる事は無く、劉璋の元に居た際は劉備を益州に迎え入れる事に強く反対した。益州平定後は劉備に謝罪し、劉備も劉巴を許して厚遇した。しかし、劉巴が張飛を侮蔑する態度を取った際は激怒している。
曹操
劉表死後に曹操軍が進出した際に一時属した。
諸葛亮
劉巴に一目置いており、何度か劉備への仕官を持ちかけた。
張飛
劉巴の元に泊った際、自分のような名士ではないという事で口をきかなかった。
楊儀
呉への東征の際に対立した。

名台詞

セリフ
説明

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Last modified:2012/01/13 21:45:17
Keyword(s):
References:[張飛] [人物リスト(中国古代史)] [劉備] [劉表] [諸葛亮] [劉璋] [楊儀]