三国時代の呉の将軍。字は正明。
揚州会稽郡長山の出身で、当初は郡吏となり黄巾賊の首領であった呉桓?を討つ功績を挙げたが、その際に足を負傷して曲がったままの状態となり、後に自ら筋を裂いて治療した。
その行動を伝え聞いた凌統の推挙によって孫権に仕えて屯騎校尉となり252年には先鋒として侵攻した魏軍を破る功績を挙げて左将軍に任じられたが、255年に戦死した。
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