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陸抗

陸抗 Lu Kang

  • 生年:226年
  • 没年:274年
  • 父:陸遜
  • 母:孫策女

三国時代の将軍。字は幼節。

呉の重臣である陸遜の二男で、兄が夭折していた為に父の死によって跡を継いで246年には立節中郎将となり、柴桑に駐屯した。

孫亮の時代には奮威将軍・征北将軍となって魏軍との戦いで功績を挙げ、孫休の時代には鎮軍将軍として呉の西部戦線の指揮官として西方の蜀に至るまでの長江沿岸の守備を担い、孫皓の即位後は鎮軍大将軍となって270年に死去した朱績の担っていた荊州各地の軍事権を握った。

272年には晋に降伏した西陵都督歩闡が守る西陵を攻略して増援の晋軍を破って西陵を奪回する活躍を見せ、翌年に大司馬・荊州牧となったが翌年に死去した。

メモ

経歴

人間関係

陸遜
父。
陸晏
長男。
陸景
二男。
陸玄?
三男。
陸機?
四男。
陸雲?
五男。
陸耽?
六男。
陸凱
同族。孫皓の時代に陸抗を重く用いるべきと述べた。
張承
舅。
諸葛恪
縁戚関係にあり、諸葛恪と陸抗が任地を交換する際に陸抗が去るときに元の陣地を整備していた一方で諸葛恪は整備を怠っており、諸葛恪は恥じ入った。後に諸葛恪の一族が誅殺された際、諸葛恪の姪であった妻を離縁した。
孫権
主君。二宮の変での父陸遜への疑念から陸抗に詰問したが、陸抗の堂々とした対応を見て疑念を説いた。その後晩年にて陸抗が任地に赴く際に涙を流してかつての陸遜への対応を謝罪した。
孫皓
孫皓が皇帝に即位した後、度々政治面での上表を行ったが聞き入れなかった。
朱異
孫チンに対して出撃拒否を行っていた朱異が孫チンに呼び出されたのを受けて危険性を忠告したが、朱異は聞き入れる事無く殺害されてしまった。
薛瑩
孫皓の命で薛瑩が投獄された際に赦免を願い出た。
羊コ?
敵対する晋の将軍であったが互いに認め合っており、陸抗が病気になった際は薬を送り、陸抗は返礼として酒を送っている。

名台詞

セリフ
説明

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Last modified:2013/10/04 09:51:14
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References:[陸景] [孫権] [陸晏] [陸遜] [陸凱] [歩闡] [人物リスト(中国古代史)] [薛瑩] [張承] [孫皓]