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毛利元就

毛利元就

戦国時代の大名。

メモ

経歴

  • 安芸の国人領主毛利弘元の次男として生まれる
  • 兄毛利興元の急死後、興元の幼い嫡男の後見人となる
  • 甥の夭折後、重臣達の推挙により家督を継ぐ。この家督相続問題で尼子経久と敵対関係となり、大内義興の傘下となる
  • 家督を嫡男の隆元に譲り、次男・三男を吉川・小早川両家に送り込んで毛利両川体制を確立する
  • 大内義隆が家臣の陶隆房の謀反によって死亡後、謀略で大内家内部を分裂させた後、厳島の戦いで陶隆房を破る
  • 大内家・尼子家を滅ぼして中国地方を制圧後、病死

人間関係

毛利隆元?
嫡男
吉川元春
次男
小早川隆景
三男
毛利輝元
嫡孫

名台詞

我が毛利家は、版図の保全のみを願い、天下を望むなかれ
元就の遺言と伝えられるもの。織田信長と対立した足利義昭を庇護下においた後、何度も信長包囲網に参加するように促されたが、ついに参加することはなかった。
三子教訓状
隆元・元春・隆景の三人に結束を求める文書。有名な「三本の矢」の逸話は、この文書を元に作られたと言われている。

関連用語

話題まとめ

チャットログ

http://www.cre.jp/writing/IRC/write/2004/10/20041016.html#140000
毛利元就の書状に硝石を物納するよーにとかいうのがあるとか
http://www.cre.jp/writing/IRC/write/2005/06/20050610.html#210000
何しろ、毛利元就の家訓が、「天下を狙ってはいかん」だからな

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