ホラズム朝の政治家。
奴隷の身分であったが、アラー・ウッディーン・ムハンマドの母であるテルケン・ハトンに引き立てられて宰相となり、数多くの汚職を行ってムハンマドから恨まれたが、テルケン・ハトンの信任もあって罷免できなかった。
その後はムハンマドの子であるウーズラーグ・シャーの宰相を務めたが、モンゴル帝国の侵攻でテルケン・ハトンとともに捕らえられ、その後処刑された。
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References:[人物リスト(イスラム・アフリカ中世史)] [人物リスト(ユーラシア中世史)]