大石良雄
大石良雄 Oishi Yoshio
- 生年:1659年
- 没年:1703年
- 在位:
- 官職:
- 父:大石良昭
- 母:
赤穂藩の筆頭家老。大石内蔵助の通称でも知られる。
父が早世した為に祖父の養子となり、家老職を継いだが、主君であった浅野長矩が江戸城の松の廊下にて高家の吉良義央に斬りかかって負傷させた刃傷事件が起き、結果長矩が切腹に追い込まれ赤穂藩が取り潰しとなる事態が勃発、その際に藩をまとめて藩札の処分などの残務処理を行った。
その後は京都に移住し、長矩の弟である浅野長広を後継として浅野家の再興運動を行ったが、幕府により長広が浅野家の本家である広島藩の預かりとなり、主家再興が絶望的となった為に吉良義央を討つ決意をして江戸に入り、1702年12月15日に大石を含めた47人の赤穂浪士は吉良邸に討ち入り、吉良義央を殺害した。
その後は熊本藩の屋敷に預けられ、翌年の1703年2月4日に他の浪士と共に切腹の命が下り、同日に切腹した。
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