戦国時代の武将。
真田幸隆の三男で、当初は武田信玄の奥近習を務め、武藤氏の養子となり武藤喜兵衛を名乗った。
長篠の戦いで兄の信綱・昌輝が相次いで戦死した後は真田姓に復して家督を相続、武田氏滅亡後は織田や北条等所属を替えたが、後に豊臣政権に服属、関ヶ原の戦いにおいては二男の信繁とともに西軍に属し、上田城に籠城して1585年に続き上田城を攻撃した徳川秀忠による東軍を撃退した。
戦後は信繁とともに紀伊国九度山に流されてその地で没した。
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