Create  ソース  歴史Wiki  Index  Search  Changes  RSS  Login

柴田勝家

柴田勝家 Shibata Katsuie

  • 生年:1522年
  • 没年:1583年
  • 在位:
  • 官職:
  • 父:
  • 母:

戦国時代の武将。

尾張の戦国大名である織田信秀に仕え、信秀没後は織田信勝の家老となったが、信秀の跡を継いだ信勝の兄信長と信勝との争いの際に途中で信長側に付いた。

その後は信長配下の武将として活動、織田家中第一の重臣として重きをなし、数多くの戦いで功績を挙げ、主に北陸方面の司令官となったが、本能寺の変による信長の横死の際には越中におり、明智光秀の討伐も羽柴秀吉に遅れをとる事になる。

その後の織田家後継者を決める清洲会議では信長の三男である織田信孝を推薦したが、信長の長男である信忠の子三法師を推す羽柴秀吉に押し切られ、自身は北近江を得たのと、信長の妹であるお市の方と結婚したのみであった。

その後は織田信孝滝川一益とともに秀吉と戦ったが、賤ヶ岳の戦いで大敗し、本拠地の越前北ノ庄にてお市の方とともに自害した。

「鬼柴田」の異名を持つ勇将というイメージが強いが、行政官としても優れた手腕を持っていた。

メモ

経歴

人間関係

織田信秀
最初の主君。
織田信長
織田信勝
織田信孝
柴田勝豊?
佐久間盛政?
柴田勝政?

名台詞

セリフ
説明

関連用語

話題まとめ

チャットログ

blog記事

リンク