戦国時代の武将。
大友氏の家臣である志賀親守の子で、天文二十一年に志賀家の家督を継承し、弘治二年の小原鑑元討伐や秋月氏攻略等に従軍した。
永禄十二年以降は加判衆となり肥後方分を勤めたが義鎮の子である義統と次第に対立するようになり、天正十四年に島津氏に内通し、翌年の九州平定後に自害させられた。
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References:[大友氏] [志賀親守] [志賀親次]