三国時代の呉の皇族。字は子孝。
呉の初代皇帝である孫権の三男で、241年に皇太子であった兄の孫登が病死した後に新たに皇太子に立てられた。
しかし、姉である全公主?の讒言で父の孫権に疑惑を持たれた事や、父が弟である魯王孫覇を寵愛して孫和と同等に扱った事から家臣の中で次期皇帝に孫和を推す一派と孫覇を推す一派に別れて争う事になり、朝廷は大きく混乱した。
250年に孫覇が自殺させられ、弟の孫亮が新たに皇太子に立てられた事によって廃嫡させられ、父の死後に南陽王として長沙に幽閉させられた。
その後、縁戚であった諸葛恪と図って帝位簒奪を謀ったとの疑惑を受けて孫峻により自殺させられた。
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References:[韋昭] [孫覇] [諸葛恪] [朱拠] [孫皓] [薛綜] [孫峻] [陸遜] [孫権] [吾粲] [張承] [何植] [張休] [二宮の変] [孫登]