三国時代の呉の政治家。字は子遠。
呉の宗室である孫恭の子で、孫権の晩年に侍中となり、孫権の死後に孫亮が即位した後は、諸葛恪とともに朝政の中心となって孫亮を補佐したが、次第に諸葛恪と対立して253年に殺害した。
以後は丞相・大将軍となって朝廷の実権を掌握し、専横の限りを尽くして他の朝臣らからも反感を買い、魏への攻撃を強行したが、256年に病死した。
Keyword(s):
References:[劉纂] [孫英] [孫チン] [孫亮] [孫和] [滕胤] [諸葛建] [二宮の変] [孫恭] [諸葛恪] [諸葛竦]