鎌倉時代の武士。
宇都宮泰綱の子で下野五郎と称した。
鎌倉将軍宗尊親王?の側近を経て引付衆や評定衆を歴任、妻の実家である安達氏の霜月騒動により一時失脚したが、最終的には執奏及び引付頭人を務め、弘安六年(1283年)には家法である『宇都宮家弘安式条』を制定した。
歌道にも優れ、数多くの勅撰集に歌が残る。
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References:[評定衆] [宇都宮貞綱] [宇都宮泰綱] [安達義景] [北条朝時]