三国時代の呉の政治家・軍人・字は孔休。
呉郡鳥程県の出身で、寒門の出身であったが鳥程の県長を務めていた孫河?の下役として仕えた際に才覚を認められて曲阿の丞となり、209年には孫権の主簿となった。
その後は参軍校尉・会稽太守を歴任し、235年には昭義中郎将として山越討伐に活躍し、太子太傅にまで昇進したが、二宮事件にて嫡子と庶子の区別をつけ、孫覇を夏口に移し、孫覇派の楊竺?を遠さげる事を讒言したが、楊竺ら孫覇派の讒言に遭って誅殺された。
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References:[顧邵] [陸遜] [二宮の変]