後漢末の武将。
当初は河東に勢力を持っていた白波賊の頭であったが、朝廷にて実権を掌握した李カクの配下となり、その後は李カクに反乱を起こして洛陽に向かう献帝?に随行して李カクの軍と戦い、車騎将軍に任じられたが、曹操との争いに敗れて失脚し、袁術の配下となったが袁術の帝位僭称によって呂布に寝返った。
その後に劉備らによって韓暹?と共に殺害された。
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References:[宋果] [張済] [伍習] [楊定]