明の政治家。士奇は字でまたは僑中とも。名は寓。
江西省泰和県の出身で、翰林院に入って『太祖実録』の編纂に携わり、永楽帝の即位によって内閣の制度が設けられた際に楊栄とともに内閣へ入った。
以後は永楽帝から正統帝までの四代に仕え、『歴代名臣奏議』や『太宗実録』『仁宗実録』『宣宗実録』の纂修に総裁として携わり、官は少師まで進んで楊栄・楊溥とともに三楊?と称される名臣であったが、晩年は王振を始めとした宦官勢力の台頭により不遇であり、在官中に没し、死後は太師を追贈された。
文人としても著名で『奏対録』等が残る。
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References:[夏原吉] [楊溥]