三国時代の蜀の政治家。字は文然。
ケン為郡武陽県の出身で、二十余歳で州の書佐から督軍従事となり、丞相府所属の主簿となり、以後は治中従事・南中郎参軍・建寧太守・梓潼太守等を歴任し、241年には『季漢輔臣賛』を著した。
257年に姜維に従って北伐に参加した際、酒席にて姜維を嘲笑した言葉を発した為に上訴されて庶民に落とされ、261年に没した。
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References:[ショウ周] [蒋エン] [姜維]