三国時代の呉の将軍。
呉郡呉県の出身で、200年に孫権が将軍となった際に仕えて余姚県の県長となって功績を挙げ、次いで盪寇校尉となり山越討伐等に貢献して裨将軍・新城亭侯となった。
その後は周泰の後任として濡須の督となり、222年に魏の曹仁が濡須を攻撃した際には経略によって兵力を分断されたが、それを逆手に取った用兵で魏軍を撃破し、その功績で奮威将軍・嘉興侯となった。
228年には陸遜に従って石亭で魏軍を破り、前将軍等を歴任した。
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References:[朱異] [全ソウ] [朱拠]