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朱拠

朱拠 Zhu Ju

  • 生年:?
  • 没年:?
  • 父:
  • 母:

三国時代の呉の将軍。

呉郡呉県の出身で、文武に秀でた才能を孫権に認められて建義校尉に任じられ、孫権の娘である孫魯育を妻とした。

その後は左将軍に任じられ雲陽侯に封ぜられたが、236年に部下が騙されて鋳造された銭を横領した際、呂壱?によって朱拠が関与していたと孫権に讒言されたが無実が証明された事で釈放された。

246年には驃騎将軍となったが、二宮事件の際に孫和を支持して孫権に諫言したが逆に孫権の怒りを買って左遷され、孫覇派であった孫弘?によって偽造された詔書によって自殺を命ぜられて自害した。

メモ

経歴

人間関係

孫権
主君。朱拠を呂蒙の後継者として期待し、娘を嫁がせるまでの厚遇をしたが、周囲の讒言によって遠さげた末に孫弘の讒言で死に追いやった。
孫和
二宮事件では孫和を支持し、孫和の幽閉に反対して自らの体を縄で縛ってまで抗議をしたが報われなかった。
朱桓
同族。
朱異
同族。
呂壱?
鋳造された銭の横領の疑いを朱拠に向けた。
孫弘?
朱拠を讒言して死に追いやった。

名台詞

セリフ
説明

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Last modified:2013/09/23 20:33:39
Keyword(s):
References:[孫権] [二宮の変] [朱異] [朱桓]